セナ20周忌 お墓に行って

DSC_0801セナが亡くなった時のことはよく覚えている。というのは働いていた雑誌社の編集長がセナ人気に乗っかって、日本のF1雑誌をポ語訳した雑誌を創刊して数か月後の出来事だったからだ。セナが亡くなった後も発刊しつづけたが、順調に右肩上がりに伸びていた売上は、死んだ月を頂点にして下がり始め、終にはその後数か月には廃刊になってしてまった。当時、セナはブラジル人にとって英雄だった。毎回のレースにはテレビの前では、サッカー同様に熱狂的な応援が行われた。それだけにセナが死んだときのブラジル国民の失望は大きかった。

亡くなった数年後も、5月1日にはミサがセ大聖堂で行われ、意外にたくさんの日本からの参列者があり驚いたものである。その数年後には、ミサは行われなくなったようだが、セナのモロンビーのお墓は旅行ガイドにも紹介され、日本人にとってサンパウロの観光ポイントのひとつとなっている。

2014年5月1日にセナの20周忌を迎えた。ショッピングセンターなどではセナ展などが行われようになっていたので、この日には、セナの様々なイベントが行われると思っていた。写真を撮りに行こうと思い、前日からインターネットでイベントを探し回ったが、どうしても見つからない。ミサの行われていたセ大聖堂にまで行って行事予定の張り紙を見たが何も書かれていない。門番にも聞いてみたが、「知らないね~」とツレない答えだった。

早朝にテレビをつけると、ニュースでちょうどセナの20周忌の話題が取り上げられていた。お墓が映し出され、女性アナウンサーが「今日は約500人の墓参り客が訪れるでしょう」と言っていた。たった500人とは・・・、セナの国葬にはモロンビー墓地までの道路脇が、彼の死を悼む数万人の人々で埋まったのに。前夜のマナウスでのサッカー試合で、試合前にコリンチャンスの選手が、セナが被っていた黄と緑のヘルメットを被って追悼したというニュースが流れたが、今日のイベントについては、どのチャンネルのニュースも何も触れていなかった。もう一度、ネットで検索したが見つからない。見つかるのはセナが死んだイタリアのイモラでミサが行われたという話題ばかりだった。数人のツイッターがたまたま目に着いた。「ブラジルでセナの20周忌のイベントをやらないなんて、恥ずかしい!」との内容のものだった。これを見て完全に諦めがついた。

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モロンビー墓地の入り口

多くのブラジル人にとって20年前に死んだレーサーのことなぞ、たいした関心事ではないのだ。僕にはついこの間のことのように思えるが、多くの若者はセナがブラジル人にとっていかに偉大な英雄だったか知らないだろう。それは、日本人にとって英雄だった力道山を、当時の日本人をいかに勇気づけてくれたのかを、僕がほとんど知らないのと同じなのだろう。セナの20周忌のイベントが何もないのは寂しいが、それが時の流れというものなのだ。人の死は忘れられるべきものなのだと思う。たとえ、それがどんなに偉い人の死だろうと、どんなに愛された英雄だろうと。それが宿命なのだ。

セナのお墓に行くことを考えたが、お墓の写真1枚のために行くにはあまりに遠すぎた。その上、曇っているし、肌寒いし、さあ行こう! と言う気にはとてもならなかった。何気なしにFBを見ていると同じ年の友人がセナの20周忌について投稿をしていた。それに関する書き込みの中に「ブラジル在住中にセナのお墓に行かなかったことが唯一残念です」とあった。これを見て、やっぱり行こう! という気になった。実は僕も一度も行ったことがなかったのだ。さらに行き方を調べると、うちから5分のバスターミナルからバス1本で行けることを発見した。行かない手はない!

早速、バスに乗り、コブラドール(車掌)に「モロンビー墓地が来たら教えて」と頼む。ブラジルのバスには車内アナウンスも、多くのバスの停留所には名前もないからだ。一時期コブラドールを廃止してワンマンにするという計画もあったが、あまりにも無賃乗車が増え、さらに職を失うコブラドールの強い抵抗があり、流れてしまった。日本ならともかく道徳意識がほとんど欠如しているブラジル人にはワンマンバスなどはとても無理なのだ。

行けども行けど墓地はつかない。2度目に「まだか」と聞いたときにはコブラドールに「大丈夫、来たら教える」と諭されてしまった。ブラジルでは、自分以外、他人を信用できないと、いう頭が僕の中にはあるから、どうしてもしつこくなってしまう。でも、今まで信用して何度も失敗したからしょうがない。人を信用できないなんて悲しい事であるが、ブラジルで生きていくためには必要なことなのだ。

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セナのお墓まで行くのに道がない。プレートを踏まないように行くしかない

やっとついた場所は樹木がうっそうと生い茂ったモルンビー地区の奥の奥と言った感じの所だった。いかにも危ない匂いがする。夜は、強盗が危なくて歩けないのではないだろうか? 以前はお金持ちの住む高級住宅地だったが、通勤時に起こる物凄いラッシュで、徐々に住む人がすくなくなっているらしい。それに交通の便も悪い。周辺には大きなファベーラ(スラム街)もあり治安もよくない。いかにも高級そうなマンションが立ち並んでいるが、門前にはかならず黒服のガードマンが立っている。やはり不便で危ないとなると住む気にはならない。

やっと、墓地に到着したが、何処にお墓があるのか皆目見当がつかない。腕組みをしたごつい門衛に聞くと「ここを入ってすぐそこだよ」とかわいい声が返ってきたので、思わず拍子抜けしてしまった。ブラジルで人に道などを聞くときには、できるだけ警察や門衛など信用のおける人に聞く方が良い。聞いた奴が強盗だったということもありえるからだ。

芝生が植えられた小高くなった広場の中央あたりに2,30人の人が集まっていた。しかし、その場所まで行くのに、道がない。見ていると、皆、芝生の上をどんどん歩いている。30×50㎝ほどの、名前の書かれた小さなプレートが、ずらりと芝生に埋め込まれていて、その下には遺体が埋められている。ブラジルでは、火葬は一般的には行われないから遺体は御棺ごと埋められる。その上を歩く訳だから、あまりいい気分がしない。でも、道がないのだからしょうがない。

期待はしていなかったが、寂しいものだった。2つのテレビ局、2人のカメラマン、そして30人ほどの一般客。赤いつなぎを着た、ちょっとセナに似たおじさんが、「このヘルメットは自分が持ってきたのだよ。毎年5月1日には来ているのだよ」ということを誰彼なしに言っている。ヘリコプターが上空に来ると、上を見上げ、小さな旗を胸に当てポーズを取っている。その妙に健気な懸命さが印象に残った。日系人のおじいちゃんが、「毎年きているんだよ・・・・」とテレビのインタビューに語り始めた。外国人の墓参りは話のネタになるのだろう。ビデオ・カメラマンが僕の方にもカメラを向けたそうなそぶりを見せたので慌ててその場を離れた。しばらく写真を撮りつづけたが、誰が弔文を述べるでもなく永遠にだらだらと続きそうだったので、その場を後にした。

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セナの命日には毎年来るというおじさん。どことなくセナに似ている

帰りに門衛にバス乗り場を聞くと「危ないから気をつけて」と注意された。やっぱりこの辺は危ないのだ。帰りのバスはなかなか来ず、ビクビクしながら1時間以上も待ち続けなければならなかった。往復3時間半もかかってしまったが、一度は行きたいと思っていた場所だけにセナの20周忌を機会に行けたことは良かったと思う。もっとも、もう一度行くかと聞かれたら、もう、1回行ったからいい、と答えると思うが。

 

セナのお墓に行きたい方は、最寄りの「モロンビー」駅まで電車で行って、そこからタクシーに乗ることをお勧めする。

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