南米漂流なんでも11月

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11・29危険な土日早朝散歩

 

土・日の早朝の散歩は危険が生じる、と常日頃から思っている。

飲み明かしたり、踊り明かしたりした若ものたちや人々が飲酒運転をするからだ。こちらが歩道を歩いていても、車の方から突っ込んでくる可能性がたかい。さらに、路上生活者や麻薬常習者が、早朝までうろついているし、多くの会社が土日休みのところが多く、人どおりが少なくなる。

危ないことが分っていたので、早朝の散歩を止めていたのだが、柴犬のエネルギーを少しでも減らすために、早朝散歩にいくようになった。

案の定、路上生活者風の男が、突然、蹴りかかってきた。さらに何度か襲ってきた。何もしていないので何故突然襲ってきたのか解らない。バス亭が近く、たくさんの人がバスから降りてきたため男は人々の目を気にして去っていった。

物取りには感じはなかった?? こうした、突然、殴りかかってきたり、襲いかかってくる男に今までも何度か出くわしたことがある。知人は前方からきた男に突然殴られ、顔を腫らした。やはり物取りではなかったらしい。

人生に恨みを抱いている男が、東洋人や弱弱しい男を突然襲うのかもしれない。小柄なブラジル人に対しても突然殴りかかっているのを見たことがあるので、小柄で弱弱しい男を標的にして襲っている可能性がある。僕は小柄で痩せていて弱弱しい。まさに標的になりやすいタイプである。

若い頃は怒りで頭に血が上りやすく、あまりに腹が立ちすぎて身体が動かなかったが、最近は歳をとり、血の流れが悪くなったのか、冷静にさっと相手の攻撃を避け反撃できるようになった。

今日もさっと相手の蹴りをよけ、蹴り返した。ただ残念なことに、連れていた犬は主人を守るどころか僕の後ろに隠れていた。日本犬のクセに情けない! 日本犬は、主人に忠実で自分の危険をかえりみず、クマなどにもかかっていくはずであるが・・・!! あ~あ、情けない! ブラジルで生まれた日本犬だから、忠誠も依怙地もないのか・・・


 

11・28 ブラック・フライデー

 ブラック・フライデーとは第4木曜の翌日のことらしく、先週の金曜日は僕の勘違いであった。

正確には、今日11・29らしい。ブラジルでも1000億円ちかくの売り上げがあるようだ。どうりで、先週のセントロがショボかった訳である。調べもせずに誤った情報を書いてしまいました。ごめんなさい

普段は、ブラジルでの買い物は食料品しかしない。しかもメルカードとオーガニック市だけだから、普通の商店の安売り日はほとんど知らない。あらためて普通のブラジル人とは生活体系が少し違うことを思い知った。こんなに長く住んでいるにもかかわらず未だに日本に片足以上を突っ込んでいる。自分でも驚いた。

今では以前ほど製品の大きな違いはないのだろうが?? ブラジル製品は日本製品ほどよくない、ブラジル製品は雑で壊れやすいという概念が未だに僕の頭の中にある。服はすべて、電気製品は持ってこられる大きさのものはすべて日本で売られている製品だ。ひとつには日本で買う物の同等の品質のモノを買うとブラジルでは1.5倍以上かかると考えても良いだろう。もちろん品物にもよると思うが・・・

たとえば、日本の100円ショップがブラジルにもあるがこちらでは、日本で100円の物が200円以上する。これは税関と為替の関係があるからしょうがないのであるが。だから日本の100円商品でもブラジルでは高級品とまではいかないまでも中級品といえる。日本の商品は安くても見栄えがいいからそれでも通る。

 

ちなみにブラック・フライデーには、ネットのニュースを見る限りでは、大幅な安売りがあり、大型電気店など多くの人出があるらしい。


11・27 ブラジルのコンセント

 

 約10年ぶりに、電源関連を新しくした。この間、コンセントのプラグが新しく変わっていて、その対応に苦労した。やっとなんとか古い電源関連を一新できた。

ブラジルの新しいコンセントの電気プラグは2本から3本に随分まえから変わった。真ん中の1本は漏電予防のためのものである。すべての建物の電気プラグが3本に変えられた。旅行でホテルにいくとすべてのコンセントが変わっているために苦労した。

町を歩いていると、古いコンセントを新しい型に対応させるキャップのようなものを、たまたま電気店で発見し、それを持ち歩いていた対応した。

家では、何とか古いままでやってきたが、電源は次第に古くなり危なくなってきていた。

僕の使っているPC関係やカメラはすべて日本製なので特に苦労した。日本は戦後コンセントの型は変わっていないと思う。もし、変更でもしようものなら大変なことになるだろう。

ブラジルは、コンセントが変わり事故が減り、より安全になったはずである。変換のために電気業界から建設業界まで大きな影響を受け、莫大なお金が動いたはずである。ブラジルが国中で一斉にコンセントの変換ができたのは、安全のためもあるだろうが金を巡って大きな力が働いたためではなかろうか? そんな感じがする。

3本プラグの今使われてコンセント


11・26 近頃の犬

犬は寒くても平気で、いくら歩いても疲れない、と思っていた。

しかし、この考えは古い人の考えのようで、今の飼い犬は寒がりだし、意外にすぐに疲れる。

 今、家で飼っている1歳にもならない若い犬を毎朝散歩に連れて行っている。1歳にもならないとは言ってもそろそろ9か月になるし、初潮も迎えたから、体つきはもういっぱしの大人である。

散歩に連れて行くために、首輪をつけようとすると逃げるし、散歩に連れていっても、必ず3回は途中で疲れて地面にべたーっと寝そべってしまう。「もう、歩けない」と言うように寝そべったままで僕の顔を見上げる。「おまえは、それでも犬か! しゃんとしろ、しゃんと」と言っても解る訳もなく、寝そべったままである。近頃の犬はまったく情けない。

僕が幼い頃、飼っていた犬は、いくら歩いても疲れなかったような気がするし、散歩に連れて行くと知ると大喜びしたものだ。まったく近頃の犬は・・・・。日本犬ではあるが、もしかしてブラジルで生まれた犬だからだろうか?

図体ばかりが大きくなって・・・


11・25 来年のブラジルは

 今年も、11月も末を迎え、セントロの卸街、25・デ・マルソの飾りつけもクリスマスの飾りつけをした店が増えてきた。サンタの人形や赤と白の飾り物やベルが店先を飾る。しかし、イマイチ、行き交う人々はどこか暗い。経済が落ち込んでいる上に、肌寒い天候が続いているせいだろうか? 

それに引き替え、ネットや雑誌、新聞で見かけるボルソナーロ大統領は、どれもニコニコ顔だ。あえてマスコミがそういう写真を載せているのだろうが、この世の春、と言った感じだ。彼は、これまでいたPSL党を脱退し、新しく党を立ち上げ大忙しのようだ。

私が大統領のかぎり、すきなようにする、というようなことを言い、アマゾンの森林をどんどん伐採し開発している。まるで、ブラジルを自分の持ち物のようにふるまっている。一時はアマゾン火災の煙がサンパウロまで流れてきて、人々を驚かした。世界中から非難の的なり、このときばかりは、ボルソナーロも消火活動に力を注いだ。

政治経験も外交経験もない、自分の息子を世界で一番重要なアメリカの大使にしようとしたときにはさすがに、呆れてしまった。このことをブラジル人はどう思っているか、タクシーの運転手に聞いてみると、断固反対だ、と言っていた。この運転手はボルソナーロを普段は押しているが、このことばかりは許せない、と語っていた。

彼が大統領になり、多くの中小企業の社長や、商店主クラスの人々はたいした落ち込みも無く、彼の事をあまり悪くいわない。しかし、一般庶民などは1年近く失業している人も多くいる。その人たちに言わせると、最低の大統領だ、という。少しずつ、反ボルソナーロデモが増えてきた。来年はこうしたデモがもっと増えるだろう。

アルゼンチンもボリビアも、チリも、コロンビアも国がおかしくなりはじめている。ブラジルはメルコスールを脱退するような話もでているし、ドル為替も4.2を超えた。今後、ボルソナーロ政権のブラジルはどうなるのだろうか?


11・24 こんな日には

今日は朝から妙に腹がたっている。
 向かいからやって来る5人連れは道路一杯に広がって歩き、僕が近づいても避けようともしないし、犬を散歩させている男は、僕が犬の散歩をしていることを知りつつも、犬のリードを外して平気で歩いている。
今朝は、こうしたひとつひとつに腹が立つ! 
 もちろん、道路一杯に広がって来るグループには僕の方から避けるようなこともせず、離した犬が近寄ってきたら蹴る心構えをしてどんどん進む。両方とも相手が直前で避けたり、飼い主が犬の名前を呼んで衝突を避けた。
 おそらく向こうは何も考えて居ないだろう。カッカしているのは僕だけだと思う。こんなささいなことで腹をたてるのはバカらしい。重々わかっているのだが・・・・。
今日はできるだけアパートを出るのを避けよう!!


11・22 ブラジルのブラックフライデー

ブラジルのブラック・フライデー

 

数年前から、サンパウロでもアメリカの大安売りブラックフライデーを真似て、安売りが行われ始めた。始められた当初は、大型電気店が大安売りを行い、この日のためにお金を貯めた人々がどっと押し寄せ、店の入り口には数日まえから多くの人が居座り、当日には長蛇の列ができた。本場アメリカさながら様相を見せた。

しかし、昨今はこうした大安売りを行う店も急激に減少し、名前だけブラックフライデーと銘打ち、わずかな値引きをしたり、一か月前に値段を上げ、ブラックフライデーの当日にもとにもどして根が下がったように見せかけたりする店が増えた。いかにもブラジルらしいずるさである。

昨日、金曜日、犬の散歩ようの靴を買いにでかけた。ドル為替があがっているので、製品が上がる前に買っておこうと思ったのだ。

行くと店員に「今日はブラックフライデーだから安くなっているよ!」と言われて初めてブラックフライデーということに気が付いた。1,2週間、店の前を通る度に値段を見ているがたいして安くなっているようには見えない。

「全然やすくなっていないように見えるけど、どれが安くなっているの?」と聞くと、店員は苦笑いした。毎日、ネットでブラジルのニュースを確認しているので、店のやりくちや注意点はよく知っていた。

別にブラックフライデーだからというわけでもなく、ドル為替が上がっていること、買い物はあまり好きでないので何度も足を運ぶのが面倒なことなどからモデルが古くなり安くなったもののなかから適当に2足選び買った。丈夫で長持ちし、よほど気に入らないものでなければ、色もモデルもどれでもよかった。

今や、サンパウロ・セントロでは、ブラックフライデーは名ばかりだ。おそらくサンパウロの、大方の店ではたいてい似たようなものではないだろうか。ネットでちらほらと日本でもブラックフライデーと銘打って安売りをしているのを見る。本当に安いのであろうか?


11・21 体調の改善

東京の方面はぐっと冷え込んきたそうだが、サンパウロは過ごしやすい天候が続く。朝6時半ごろで、21度ほどだから、半袖だとほんの少し肌寒い程度の清々しい天候だ。

犬と散歩をしていても気持ちがいい。

 2日に1回リュウゼツラン? を頭につけて洗い、足にできた静脈瘤のできた部位に塗りつけている。髪は少し勢いを増してきたような気がするし、醜い静脈瘤のボコボコは確実に減ってきた。よさそうなので今後も続けようと思っている。髪がふさふさになり足もきれいになればうれしい!! 

 日本から買ってきたパナソニックのスロージューサーも活躍している。毎朝、散歩に行く前にのんでいる。効果は? だが・・・・。

体重は服を着た状態で、52キロ台で止まった。60キロだった体重がメニエル病発症で56キロとなり、朝ごはんたべずに人参ジュースを飲むようになり52キロ台になってしまった。そのため、今回、日本に行ったおり、腹回りを3~5cm小さいズボンを買わなければならなかった。

しかし、体調がすこぶるいいことを考えると、僕のベスト体重は52キロだったのかもしれない。今まで58、59キロほどだと思っていたのだが・・・。身長から100を引いて計算したベスト体重は65,6キロだから、ちょっと少なすぎる気もしないでもないが、体調がいいことを考えると今の体重がよいのだろう。

日本で2年ぶりにあった友人に言わせると、痩せているけれど、不健康な感じはしないよ、むしろむくみがとれたかんじがする、と言われた。

痩せて、むしろ、持久力や体力がついたような感じさえする。

最近、息子の犬が、アレルギーがきつくなり、体中が赤くなり、目が腫れたりする。犬猫病院に連れて行くとやはりアレルギーの可能性が高いよいう。高価な抗アレルギーの薬を処方された。薬が高価なこともあるが、薬をあげ続けるのは嫌だ。

おそらく原因はドッグフードだから、自分で作ってみることにした。白米とジューサーでできた人参その他(すべてオーガニック)のしぼりカス、そして鶏や鰹節などをまぜた。僕の家の犬たちは喜んでたべた。まだ息子の犬にはやっていないがどうだろう? 

今後、家の犬たちもどんどん市販のドッグフードは減らし、手作りドッグフードにしようと思っている

 


11・20 3匹の犬とひとつのベッドで
 犬たちの仲もやっと一息ついてきた。若い柴犬が死ぬほどの致命傷を年寄犬たちに与え、しばらく、安心して出かけることもできなかった。いろいろ考えた末、出かけるときに別々の部屋に置いておくことにした。とは言っても、若い柴犬が力づくでドアをあけて、ジジババ犬のいる部屋に侵入したこともたびたびあり、絶対に安心だとは言えなかった。
 しかし、以前ほど徹底的に喧嘩することもなく、今のところ大事には至っていない。おそらくジジババ犬を痛めつけると、怒られることを若い柴犬も知ったのであろう。そして、以前のように3匹一緒にいることも慣れたのであろう。
 犬ホテルから帰って、若い柴犬は急にジジババ犬を痛めつけるようになった。いったい犬ホテル滞在中どんな状態におかれていたのであろう? 性格がきつくなったような気がする。
 ババ犬は、柴犬との喧嘩により、舌を口の中におさめて置くことができなくなり、ダランとだしたままの状態が続くようになった。柴犬の激しい攻撃を受けたババ犬は、血を流し、舌をダランと垂らし今にも死にそうな状態であった。朝まで持たないと思った。それほど、若い柴犬の攻撃は激しかった。目に一杯涙を溜めて「やられたの」といっているかのようなババ犬を未だにわすれられない。なんとか持ち直し今では、食欲も増えた。しかし、舌は口からだらんと出たままである。
 この時、ベッドをジジババ犬に解放した。それまで犬たちはベッドの下で寝るようにさせ、ベッドにはあげなかった。しかし、僕がいないときは、こっそりベッドの上に上がってババ犬が寝ていることをしっていた。ババ犬はいつ死ぬかもわからなかった。好きなベッドの上で寝させてやろうと思ったのだ。
 結局、犬たちと一緒に寝る羽目になってしまった。一度許したものをダメだとは言えない。今では、犬3匹とひとつのベッドで寝ている。


11・19 海外で独り暮らし

 日本から帰ってメルカードの買い物は2回目になるが、ドル為替が急騰しているにも関わらず、物の値段ほとんど変わっていない。値段をあげると売れなくなるせいか? ドルが急騰してさほど日が経っていないせいか?  どちらにしても僕にはありがたい。物の値段があがるのは時間の問題だろうが・・・

 今日はプチ贅沢をしてチーズを買う。乳製品は食べても日本人の身体には(特に僕のような中年以上人間には)あまり良い影響はないらしいので、食べることを止めていたのだ。しかし、ブラジルにきてからチーズのおいしさをしり、食べたい、食べたいと思っていた。反面、食べてもさほど健康にもよくないものを食べるのは無駄、という気持ちが強かったので購入しなかったのだ。

 結局、この日はマグロの剥き身、鶏、卵、ナッツ類各種、チーズを購入し、約3000円。ほぼ一週間分の魚肉ナッツ類である。野菜はオーガニック市で週に1回同様に3000円ほど購入する。

 ひとり暮らしになってから、ずっと自分で買い物をし、料理(焼く、煮る、炒めるだけのとても料理とは呼べる代物ではないが・・・)をする生活だ。

 サンパウロのど真ん中にすんでいるにもかかわらず、ほぼひとり住んでいるような生活は外国に住んでいるからこそできるのかもしれない。

ひとり生活に慣れると、気軽で誰にもなんの気兼ねもすることもなく、楽だ。仕事以外では、ほとんど日本人の女性に出遭うこともなく、最近は、ずっとこのままひとりの生活が続いていくような気がしてきた。ちなみに別れた女性はブラジル人だった。今となっては、同じ文化や、考え方の近い日本人女性が良いと思う。しかし、今後、僕のような偏屈男でお金がない男に相手が見つかるとは到底おもえない。

ひとりでもまったく寂しさを感じないし、このままいくのかな。それは、それでいい、と思う。

窓からの眺め。サンパウロのセントロ


11・18 ムシの知らせ

ブラジルの通貨、レアルの為替レートがドルに対し1ドル=4.2レアルを越えた。数年ぶりに記録を塗り替えたようだ。円もドルの高騰に比例し、100円が4レアルを越えた。この機を逃すまいと、持ち金の円を両替することにした。

 ちょうど、犬のトイレ用に使っている、もらった古新聞を広げていると、2017年の邦字新聞の記事が目に留まった。その記事は、書き方といい、ちょうどブログのようなもので、新聞の記事と呼べるものではなかった。が、ちょうど両替屋に行こうと思った矢先だったので興味深く見入った。

 それは、飲み代に使おうと両替したばかりのお金を、強盗に盗まれたお話であった。これは、ムシの知らせ、と思い、日本で買ったばかりの帽子を被り、薄い上着を着て両替をしている旅行社に行った。旅行社を出るときには、帽子も上着も脱いで感じを変えた。少しでも感じが変わればいいと思ったのだ。これは単なる気分の問題かもしれない。しかし、せっかくムシの知らせのようなことがあったので、その知らせを重視したのだ。そのおかげ? で強盗に襲われることもなく無事家に帰りついた。

 この危険なサンパウロで強盗に襲われることもなく、暮らしてこられたのはこうしたムシの知らせのおかげだと僕は思っている。


 

11・18 貧富の差

 仕事の関係でブルックリン区を歩いた。新興の住宅街で高級アパートがたくさん立ち並び安全だと考えたからだ。約120円のバス賃を惜しんだこともある。メトロ2区間分、約3キロを歩く。運動不足の解消と普段あまり見慣れない区域の風景を見られると考えたこともある。

 途中、アベニーダ・サンタマーロにかかった橋にさしかかって渡るべきか、引き返すべきか悩んだ。というのは、橋をわたっている人ははるか遠くに老人らしき男性がいるだけでだれもいなかったからである。こういった橋は、襲われる可能性が非常に高い。

 時間がお昼近くで明るかったので、まず大丈夫だと思い渡ったが、本当は危険を冒さずバスに乗るべきだった。

 昼時ということもあって、バール(軽食屋)は、付近で働く、労働者やお手伝いさんたちでいっぱいである。彼らを雇っている人々はパウリスタなどの中心部にある、大手の企業でいい給料をもらって働いている人や経営者がほとんどだ。貧富の差をまざまざと見せられた気がした。

 イベントなどで色付きの人が、警備員としてよく働いている。こうした警備員の中には、驚くほど威張る人がいる。普段、虐げられているから?、ちょっと権力を持たされると威張るのである。ウソの場所をいうは、意地悪をするは、大変な目にあったことがある。

 物心がついて住んでいた頃(1970~1990年)の日本は、皆ほぼ平等で自分は貧乏でも大金持ちでもないと思っている人がほとんどであったあったと思う。ところが今は格差が広がっているらしい。日本でもウソついたり意地悪をする、曲がった人が増えているのかな~ ???

アベニーダ・サンタマーロ


11・12 リンの粘着気質

 先週あたりから肌寒い日がつづく。朝6時ごろに、セントロの路上デジタル温度計で19度。わずかに肌寒い程度の、気持ち良い温度であるはずであるが、体感温度は「わずかに」を通り越し、結構寒く感じる。道行く人も上着を羽織っている人が多いから、決してそう感じるのは、僕だけでないのだろう。

 雨も、時折しょぼつき、今朝はリン(犬)の散歩に行くことができなかった。そのせいかリンはジジ犬に今朝はちょっかいをかける。ジジ犬もかなりの怪我を負わされたことがあるので、鼻に皺をよせて唸るが、リンはまったく気に掛ける様子もない。ジジ犬にはほとんど歯がなく噛まれても痛くないことを知っているのだ。

 こうした歯向かってくる態度が、僕のいないときにリンの癇に障り、大ゲンカに発展するのだ。喧嘩とは言っても一方的にジジババ犬がやられるだけではあるが・・・・。ジジババ犬も一度死ぬような、敗北を喫しているのだから服従の態度を示せば良いのだが、そうはしない。僕の飼育の仕方がわるいのだろうか?? 

リンはジジババが嫌がっているにもかかわらず、しぶとくいたぶるようなところがある。ジジババ犬はリンが近寄ってくるだけで逃げ出しているが、リンはしつこく追いかける。この粘着質気質はこの犬特有の気がする。ブラジルの犬はもっとあっさりしているはずであるが・・・。リンが日本犬のせいかもしれない???


11・11 リンとジジババ犬の喧嘩

 ジジババ犬とリン(柴犬)の折り合いが悪く、死ぬほどの喧嘩をするので、なかなか家をあけられない。困ったものである。

リンもそれほどまでにジジババ犬を痛めつけなくてもいいと思うのだが、ジジババ犬たちもリンが近づいただけで、唸りはじめる。リンは仲よくしたい気はあるようだが、死ぬほど痛めつけられたジジババ犬たちは嫌なようだ。野生の世界なら徹底的にやられたジジババ犬はリンに服従すると思うのだが、長年いるジジババはしない。

歯も抜け落ちたジジババ犬にはとてもかないっこないのに、それでも向かっていくのだから呆れる。そんな訳で目が離せない。家を長時間あけるときは、息子に小遣いを払ってみてもらっている。

喧嘩をしないようにジジババ犬とリンを別々の部屋置くことにした。馴らすのに、時間がかかりそうであるが、今のところ唯一の方法だ。


11・7犬たちとひとつのベッドで寝る羽目に

 リンとの喧嘩から、やっと癒えたババ犬は、少しずつ元気を取り戻してきた。一時期は死ぬのは時間の問題と思っただけに、彼女の回復は嬉しい。よく回復したと思う。

本当は嫌なのであるが、負傷を負ってからベッドを彼女のために解放した。僕が家を空けているときは、いつもベッドにあがって寝ていたようなので、死ぬまでに少しでも居心地よくしてもらいたかったからだ。

結局、彼女は元気になって、今更ベッドに上がらせない訳にもいかず、またババ犬だけ許可する訳にもいかず、ジジ犬もリンも3匹ともベッドにあがることを許した。

結局、毎晩、犬たちとひとつのベッドで寝るはめになってしまった。仕方がない。。。。。あ~

一命を取り留めたババ犬15歳

 


11・6 なかなかできなかった決心

 

日本から27インチのカラーマネージメントのできるモニターとデスクトップを運んできた。

カラーマネージメントのできるモニターは、ブラジルでは普通の店では皆無、ネットで探してやっと高額な値段の物がみつかる。そんな金は当然ないから、壊れる覚悟でスーツケースに入れて日本から運んできた。壊れる確率50%。

日本で買うことのできる最も安いカラーマネージメントモニターであるが、それでも5万円以上した。壊れる確率が50%、その上、Lの大型スーツケースにハッポースチロールで補強してギリギリ入る大きさなのでどうしようかとかなり迷った。

迷いに迷ったあげく、ええいままよ! とダメモト覚悟で運んできた。1週間、壊れていることが怖くてPCとモニターをつける覚悟がなかなかできなかった。僕にとって、2つの合計の価格は本当に大きなもので、もし壊れていたら、もう目もあてられないし、泣くに泣けない。

セットするのを1日、1日先延ばしにし、今日にいたったのだ。気が弱いのである。

そして、今日の朝やっと覚悟ができ、電源をいれた。

しかし、しかし、PCは電気がはいるもののモニターははいらない。なんどスイッチを入れてもダメである。あ~・・・・。ダメか・・・・。もしや、電源かと思いつき、もういちどしっかりコネクターを入れ直した。もう一度、祈るようにスイッチをいれた。すると、きちんと入っていなかったようで青い電気がつき、電気が入った。ほっとした。

PCはスリム型とはいえ、7キロの重さがあった。当初、PCのために機内持ち込みができるキャリー式の小さなスーツケースをかったが、ニコンサービス店の人と話していて、厳重な箱で運んだにもかかわらず、メモリーが浮いたと聞き、手持ちカバンにきりかえた。ごとごと道を運んでいると、部品が浮く可能性があると考えたからだ。結局、機内持ち込みの、その手持ちカバンの重さは9.5キロにもなった。長い間持つとずっしり重くなったし、アメリカの荷物検査でも文句をつけられそうになったが、なんとか許され、運んで来ることができた。

2つを持ってくるにあたり、お金もかかったし、なんだかんだと苦労した。それだけに、電源をつけるまでに決心がなかなかつかなかったのだ。

2つが問題なく動いたとき、うれしくて思わず手を握りしめた。

studio crystal