なんでも南米漂流5月

南米漂流5月

 

 

5月4月 

6・4 明日は

G12にしてブラジルをいれるか、トランプ大統領は悩んでいるようであるが、あの韓国を入れるくらいなら是非ブラジルもいれて欲しい! 穀物輸出で、特に大豆の中国向けが増えているらしい。ブラジル人は買ってくれるところがどこであろうと、お金が入れば、すぐに売るだろう。しかし、G12に入れば、アメリカの手前、中国向けの輸出は抑えられる可能性がある。中国の魔の手からブラジルを救って欲しい。中国は穀物危機を想定し、世界中から中国は穀物を買いまくっているらしいから、マスクの二の舞にならないようにして欲しい! ブラジルもロシアのように穀物の輸出禁止をして欲しいが、多分それはできないから、せめて制限くらいをして欲しいものだ。
 セントロの交通量は幾分戻り、武漢肺炎前の65%ほどになった感じがする。15日から営業施設閉鎖令が解かれるらしいが、さらに延長なんてことにならなければいいが。
 犬の散歩中に小奇麗な格好をした30ほどの男性から「銀行の口座には1レアルしかないんです・・・・」
 はじめはてっきり道を聞いてくるかと思ったので立ち止まった。まさか、お金のムシンとは思いもよらなかった。あいにく、散歩中はお金をもたないし、この時期お金を持っていてもあげたかどうかわからない。「お金はもっていないから」と言ってその場を離れた。しかし、明日は我が身になる可能性もある。決して他人事ではない。帰り道中、いろいろ考えさせられた。

ここ数日雨がちの天気が続く


6・3 しめじの猛烈な発生

4つあるシメジの菌を植え付けたシメジキットのうち1つに、猛烈にシメジが生え始めた。ほんの少しだが温度が上昇したせいであろうか? そして、そのキットから菌を移植し、自分で作った菌床瓶になんとシメジ菌が発生したのだ。ユーチューブを見て、コーヒー殻とニンジンの葉を乾かしたモノでで作った菌床である。まさか菌が繁殖するとは夢にも思っていなかった。運よく繁殖したらいいな、と思いやったのだが。うれしい。本当にうれしい。
 本当は藁をつかうところに、藁なんてないので乾燥させた人参葉を使っていたし、滅菌室でやらなければならないところを、雑菌がうようよいるだろう、うちの台所で菌を植えた。まさか着床するとは、とても思っていなかった。
 シメジキットを頂いた専門家に映像を送ってメールで確認すると発生したのは雑菌ではなくシメジ菌だといってくれた。最初はとても信じられなかった。やってみるものだ。
 芽吹いていたスイカもニンジンもホウレンソウも、寒さでしおれてしまってがっくりしたいただけにシメジの発生は本当にうれしい!
 

猛烈に出始めたシメジ

自分で適当に作った着床瓶。白い菌が発生した


6・1 セントロの現状

  今朝の最低気温は13度だそうだが、それほど寒さは感じない。身体が寒さに慣れたのであろうか? 今日も快晴である。朝日にきらめく葉の街路樹を見ていると、武漢肺炎が猛威を振るっているなんてとても思えない。街路樹をみていると爽快でさえあるし、つい多くの人々が武漢肺炎でなくなっていることさえ忘れてしまう。ブラジルはなんと感染者50万人を超えたそうである。政府も手の打ちようがないのではないだろうか。ボルソナーロをみていると、乗馬をしたり、我関せずの感じさえする。
 先週の土曜日セントロを歩いて驚いた。確実に路上生活者が増えているのである。炊き出しが行われている場所がセントロに数か所あり、どこも多くの人が長い列を作っていた。
 貧困を極めた格好の人が増え、裸足でボロボロ服をきた人が結構いる。信号機の前で「お金をください」などと書いた段ボールを車のまえでかざしたりする人がとにかく増えた。女性の路上生活者は武漢肺炎流行前には、高齢者以外いなかったが、若い人はあまりみないものの、中年以上の女性を普通に見かけるようになった。
 かなり人々は疲弊し、街が荒み始めていると感じた。このまま、多くの店が営業しない状態がつづけばこれからますます路上生活者は増えるだろう。感染することも不安であるが、路上生活者になることは、それ以上に恐ろしい。この寒空の中、配給された安毛布に包まっても寒さはしのげないだろう。気温が上昇し始めると、日向ぼっこをする多くの人を見かける。中には日の当たる歩道の真ん中で、倒れ、死んだように、眠っている人も見かける。もしかしたら、こんな荒んだ状況にあるのはセントロだけかもしれない。炊き出しや、仮設のシャワー施設のあるセントロをめがけて多くの路上生活者が集まってきているのかもしれない。
 店の中には苦肉の策で、ネットで注文を取り、店のシャッターを半分だけあけて売っている衣料品店などがあった。正確にいえば、これなども営業施設閉鎖令に違反していることになるはずであるが。店側としては家賃もあるし、従業員の給料もあるから完全には店を開けなくても営業しないとやっていけないのであろう。
 これから、ぐんと治安が悪くなりそうな気がする。気を付けなければならない。

つい武漢肺炎流行下であることを忘れてしまう。それほど爽快な天気である

あちらこちらでイッペー・ローショが咲くようになった。春の訪れが少しは近くなった

 


5・27 なかなかうまくいかないベランダ栽培

 サンパウロの寒さは続く。今朝も11度だったらしい。ミナス州のモンチベルデではー1.4度を記録した。こんなに寒いと武漢肺炎はなかなかピークを迎えそうにない。それでも6日間の連休にも続けた外出禁止令のおかげで、サンパウロのUTI(集中治療室)の稼働率は60%にまでなったらしい。しかし、1日の死者は1000人を超えた。人々に笑顔が戻るのはまだまだ遠そうである。
 芽をだしていた様々な植物は寒さで枯れてしまったものが多い。シメジも生えてこない。あ~。。。。ジャガイモはなかなか芽吹かないし、さつまいももやっと根をだしてきたくらいである。
 それでもアパートの前にある小さな広場から拾ってきて、種から芽吹いたカフェは40cmほどになり生き生きと成長している。まさか芽吹くとは思ってもみなかっただけに、見たこともない芽が土から顔をだしているのを見つけた時は、てっきりレモンか何かの芽だと思った。それが5cmほどになり、硬そうな葉を見た時にカフェの種を植えたことを思い出した。もしや、カフェ? と期待を寄せた。それがカフェだと判明したときには本当にうれしかった。 
 ボロボロ状態の他の植物を見ると、気持ちも沈むが、日にあたり輝くカフェの葉に勇気づけられる。
 気を取り直して、もう一度天候を見計らって種を植えてみよう。今度は、小さい間は水耕栽培でやってみよう。

今朝は11度.ミナスではー1.4度を記録した

種から植えたカフェ

 

5・26 日本の友人へのメール

 皆さん、お元気ですか? 僕も武漢肺炎に感染することなく、なんとか元気でやっています。
 現在、ブラジルは武漢肺炎の猛威にさらされており、死者が1日で806人、総数23472人(5・26)もでるという悲惨な状態です。感染者はなんと31万人越え、ついに世界第2位になってしまいました。それでもサンパウロ知事のジョン・ドリアはロックダウンをする予定はない、と言っています。えらい! もし、ここでサンパウロ市をロックダウンすると、経済がストップしてますます死ぬ人もでるでしょう。ブラジルは経済と武漢肺炎の抑制に対する微妙な匙加減が必要だと思います。ボルソナーロのアホは経済優先ばかりです。フランスでは報道機関では「無知な独裁者」と言われているようです。
 ブラジルは真冬に向かっていますから、これからますます気温は下がります。(ちなみに今日は11度。温暖なサンパウロにすっかりなれてしまった身にはかなり寒く感じます。北海道で生活できたことが信じられません。)まだまだ武漢肺炎のピークを迎えそうにありません。路上生活者やファベーラ(貧民街)の住人に、これからますます死人がでるでしょう。
 武漢肺炎をさらに悪化させているのがボルソナーロの政権だと言われるようになってきました。保健省の大臣は、2人目が就任しましたが1っか月もたたない間に辞めてしまい、法務大臣も辞めてしまいました。ボルソナーロは息子議員や友人、知人を各所で優遇し、州警察の局長に任命するなどやりたい放題です。武漢肺炎に乗じて好き放題やっているという感じです。支持率はどんどん下降していますが、熱烈な支持者が未だにおり、先日も集会をしたようです。経済優先はブラジルのような国では僕も仕方がないと思いますが、あまりにも偏るのも問題です。彼のやり方は醜く、ひどい。このままだとブラジルは崩壊するのではないかと心配です。この期に乗じて中国は大豆を爆買いしているようです。中国とボルソナーロが手を結ばないかと心配です。
 このままいくと心配です。今はとにかく緊縮緊縮でやっと生活している状態です。日本に帰るにも、帰れない状態なのは辛い限りです。


5・25 自然の移ろい

 夜寒くて目が覚めた。今まで使っていた厚手の毛布を犬たちにあげたので、自分は薄手の毛布の上に夏用の寝袋を広げてかけて寝ていたのだ。武漢肺炎のまっただかに風邪をひくとまずいと思い、面倒くさいが起きて、さらにシャツを着る。ネットで気温を確かめると今朝はなんと11度。寒いわけである。
 柴犬リンは毛がもモワモワでめっぽう寒さには強い。普段は丸まってそのまま寝てもまったく平気であるが、今日はさすがに寒く感じるのか、僕に身体寄せてきて寝ている。一方、短毛のダックフンドのジジババは毛布に潜り込んで寝息をたてて気持ちよさそうに寝ている。犬たちをベッドに上げるつもりはなかったのだが、リンと喧嘩したババ犬が瀕死の重傷をし、最期にベッドで一緒に寝てあげようと思い上げてしまった。ところがババ犬は生き延び、それ以来、なし崩し的に犬たちはベッドで寝るようになった。今さら、ベッドの下におろすことはできない。ジジババ犬に毛布をあげた手前、取り戻すことはできない。寒さはそれほど長く続かないだろうから、少々厚着をして寝るしかない。
 散歩に出かけるとイッペー・ローショ(紫)の花がショッピングセンター前に咲いていた。
 落ちた花びらを職員が箒で集めているのを見てほっとした。それは、まさに去年と同じ光景であった。このイッペーは毎年のように花を咲かし、たくさんの花を道一杯に落花させる。去年も、今年も、そして来年も・・・・。人間がどんな状況になろうとも、枝一杯にたくさんの花をずっとずっと咲かせ続けて欲しい。
 サンパウロで見られるイッペーの花は紫・ピンク・黄色・白。ローショ色の花は中でも一番最初に咲く花である。イッペーが咲き始めたということは春がじょじょに近づいてきたということである。実際は、まだまだ春は遠いはずであるが・・・。場所や年により咲く時期は微妙にことなってくるから、ここのイッペー・ローショは特別に早いのかもしれない。
 何が起ころうとも、自然は確実に移ろう。どんなことも必ず過去のことになる。たとえ人間が死滅しようとも。武漢肺炎も、そのうちに過去のものとなるだろう。なんとかこの危機を無事乗り切りたい。

イッペーの花


 

5・23 オーガニックフェイラ

 朝7時で20度と幾分温かいが、早朝には雨が降ったようで、まだ道路が濡れている。今も、いつ再び降り始めてもおかしくない空模様である。
 今日は、オーガニック・フェイラ(有機野菜の青空市)に買い出しにいく日。バスで20分ほどの開かれているアグア・ブランカ公園に行く。行き始めた頃は、バスに乗ってわざわざ野菜を買いに行くということが面倒くさかったが、今ではすっかり慣れてしまった。バスの車窓から普段は通ることはない街の様子を見ることができるので、むしろ楽しみでさえある。
 それにしても、毛布でくるまって寝る人が増えた。雨をよけになる高架の下は路上生活者がゴロゴロ寝ている。特に地下鉄の、温かい風が噴き出る通風孔の上には多い。
 最近、このフェイラの値段と普通のフェイラとの値段は大きくは違わないのでありがたい。武漢肺炎を考慮して値段をあげていないのだろう。ただ、値段を上げているところも、中にちらほらあるので、すべてのテントが近い将来一斉にあげそうである。ガソリンも12%上がったし、値上げされても仕方がないだろう。
 売っている人々のほとんどは野菜の栽培農家で、市内近郊都市からきている人が多い。それだけにガソリンの値上げは値上げのきっかけになりそうである。
 最近、ベランダ栽培をやっているが、思うように発芽しないし、発芽してもうまく育たない。農業の難しさを実感している。
 ある農家の知人がいうには「農家ほど儲からない職業はないよ。だから息子たちには無理につがすつもりはないよ」
 オーガニック野菜が注目されるようになってやっと、そこそこやっていけるようになったという。最初、この話を聞いたときには、きっとやり方がよくないのだろう、と思っていたが、自分で種まきをし発芽させて、ベランダ栽培をやってみると彼のいうことがよくわかる。ましてや、農薬を使わないで行う農業はかなり難しと思われる。情けないことにベランダ栽培でさえもうまくやれないのに、大きな畑になるとそれはそれは大変だろう。ただ、プランター、鉢での栽培管理はなかなか難しいそうではあるが・・・
 目標は近郊の小さな農場で自給自足しながら生活していくことであるが、金を稼ぐことは非常に難しいだろう。最近、栽培の難しさを実感している。 

雲っているがさほど寒くないので助かった

オーガニックフェイラ


5・22 武漢肺炎下のサンパウロ・セントロ

 な、なんとわずか1週間で10万人以上の感染者が出たそうである。さすがに、いくらなんでも、これは間違いだろう、と思い、何度も見直したほどである。ブラジルの場合は、PCR検査は微々たるものであるから、どうやってこの数字を出したのかわからないが、少なくとも死者数はある程度あっているだろう。もちろん、それ以上であることは確かである。現在の感染者数は31万人を超え、死亡者数20047人らしい。
 おそらく、寒くなるにつれ、路上生活者やファベーラ(貧民街)に住む人を中心にますます死人はでるだろう。ピークを迎えるのがいつ頃になるのかさえ分からない。
 こんな時期なのに、リオ出身大統領はカリオカ杯の開催をリオ市長に要請したり、息子たちが、犯罪組織とつるんでいることが暴露されたり、なんか最低である。確認していないが支持率は最低を記録したという説もある。考えてみればカリオカ杯はこんな時期だからこそ、開催した方がいのかもしれない。しかし、それなら、サンパウロや地方の大会も開催するべきである。
 今日の朝焼けは凄かった。久しぶりにシャッターを切りすぎたほどである。それで朝からすっかり気分がよくなった。自然は人の心を和ます。おそらくスポーツ観戦も。
 今日は犬の散歩でレプーブリカ広場、市営劇場方面のセントロ中心付近を徘徊する。セントロには振替祭日だというのに、思った以上に人がでている。祭日だから閑散としていて身の危険を感じるのではないかと思っていた。
 レプーブリカ広場には、簡易シャワーが設けられているので、多くの路上生活者が集まっていた。屈強な警察が見張りをしているので怖くはなかったが、武漢肺炎感染が怖かった。慌てて広場を通り過ぎる。感染する可能性が大きいところには、できるだけ足を踏み込みたくない。サンパウロのような感染する可能性が大きい場所で生活していると、ほんの少しではあるが、医療機関で感染の危険をかえりみず働く人々の気持ちがわかるような気がする。人のために、感染の恐怖と闘いながら働く看護師や医師には本当に頭が下がる。僕にはとてもできない。
 市営劇場の前にも、多くの路上生活者がいた。もう、街中、路上生活者だらけといった感じだ。それでも警察がいたので怖くはなかったが、夜は危なくて足を踏み入れる気にもならない。
 決して彼らを差別をするつもりはないが、武漢肺炎感染者も多いだろうし、いつ強盗に早変わりするかもわからない。できれば近づきたくない。それが正直な気持ちだ。

劇場前にある電気店の軒下には路上生活者がゴロゴロ寝ている

5・21 激増する死人・感染者

日本に住む甥にラインでメッセージをだしたところ、ブラジルの死者・感染者の急増ぶりに驚いていた。たしかに、日本や中国で流行っていたころには、ブラジルはまだ1桁で、2月のカーニバルの頃にはじめてイタリアからの帰国者から感染者が出たことが発表されたような覚えがある。最近、カーニバル前から、武漢肺炎は、ブラジルで流行していたというニュースもみる。実際はそうだと思う。カーニバルでブラジル中に拡散されたのではないだろうか?
 あれよあれよという間に感染者が激増し、今や死者は13000人を超える。感染者も英を抜いて世界3位である。未だにピークを迎えそうな気配がみられない。路上生活者や低所得者層が多いし、低所得者層が多く住むファベーラ(貧民街)では一部屋に何人も住む状態だ。その上、冬になり気温はどんどん寒くなっている。まだまだ死者・感染者は増えるだろう。先がみえない。
 マラニョン州では都市のロックダウンを解除し経済活動の開始を発表したという。おそらく、経済が止まり、食べることができなくなった人や経営者から非難があいついだのではなかろうか? ブラジルが日本や欧米諸国の真似をしようとも土台無理な話である。もし、ロックダウンしたとしても、政府が保証してくれればいいが、保証もなしに経済活動をストップし、家から出るな、と言われても無理な話である。負債国を脱し経済国になりG20に入るようになったとはいえ、ブラジルはまだまだ貧乏国家なのである。政府は援助金として1と月やっと600レアル(約12000円)を3か月だすことになったが、もし、援助が続いたとしても200レアル程度であるらしい。わずか5000円にも満たない。欧米や日本とは格段の差である。
 ブラジルのような貧乏国家は経済をストップをすることはできない。ストップしたら多くの人がたちまち飢え、治安は悪化の一途を辿るだろう。大統領のいうように、「武漢肺炎をちょっとした風邪」とみなし、インフルエンザと同じように毎年つきあっていくしか方法はないのではないだろうか。これは、あくまでも1個人の意見ではあるが・・・

5・21 ひきこもり

   サンパウロ市は、6月11日のコルポキリスト(聖体祭)の祭日が5月21日に急遽変更となり、6大型連休となった。武漢肺炎下でのサンパウロ州政府の苦肉の策らしいが、ブラジル人のことだからヘタをすると遊びにいったり、旅行にでたりする人が出て余計感染者を増やすのでは? と思ったりする、どうだろう?? 休みだろうが、なかろうが、武漢肺炎下の、僕の生活は全く変わらない。
 そう言えば、メールでのやりとりや、犬の散歩の途中に人とは会うが、まったく人との会話をしばらくしていないことに気が付いた。人と話したい、会いたいとは全く思わないが、今後のことを考えると全くないのも問題である。もともと人と会話はあまりしないが、人とコミュニケーションを取るのが圧倒的にへたになるのは困る。朝は、YouTubeライブでブラジルのニュースをできるだけ見て、これ以上ポルトガル語がへたにならないこと、日本語訛りが強くならないことを気を付けているが、コミュニケーションがへたになるのも問題である。
 友人の多くが日本に帰ったり、他州にひっこししたりで人とコミュニケーションを取ることが急になくなったことがある。そのときは、いっとき、強い孤独感を感じることがあったが、今は全く無いと言っていい。むしろ、人に会わない方が楽である。
 しかし、当然、人とコミュニケーションをせずに生きていくことはできないからへたになることは問題である。もともと、嫌なことをしたり、話したりするとときに、顔にでる方であったから、きっと今はもっとであろう。いつもニコニコ、誰からも好かれるような人間になりたいと思うが、どう考えても無理である。せめて、人に不快感を与えないように気をつけたいと思っている。おそらく、「ひきこもり」の人たちも同じような問題を抱えているだろう。
 今まで、考えたことはなかったが、もしかして、僕の今の状態はひきこもり?

最近、早朝はずっと薄曇り。昼には気持ち良い天気となるのだが。

 

5・19 趣味

昨日ほどではないが、今朝も寒い。
今日は昨日に比べ温かいと思っていたら、ほぼ同じ15度であった。寒さになれたのか?
 ブラジルの感染者数はついに英を抜き世界3番目になったらしい。リオデジャネイロはついにロックダウンになり、外出時にはCPF(納税者番号)のカードを携帯しなければならなくなったそうだ。サンパウロはブラジルでもっとも感染者が多い都市ではあるがロックダウンされてないことはありがたい。少なくても買い物や散歩には自由にでられる。
 今日はメルカードに買い出しの日。買い物を抑えに抑え、イワシ1キロと犬用兼自分用に牛の心臓をう買う予定である。これで1週間分の肉魚30レアル(約700円)である。武漢肺炎が蔓延する前は毎週100レアル以上の買い物をしていたのに・・・。いつ仕事がはいるかわからないし、日本にもいつ帰ることできるかわからないので、決してぜいたくはできない。あ~、まさか、こんなことになるとは思いもよらなかった。
 最近は、食べたものが消化が完全にされるように、そして満腹感を引き出すために、30回以上噛んで食べるようになった。そのせいか毎朝快便である。便は軽く水に浮かび、バナナ状、黄色~黄褐色、つるんとすっきりでるようになった。
 皮肉なもので、ぜいたくしないように我慢した食事を摂るようになり快便がでるようになった。たま~に、外食したくなるがそんなお金は無い。もともと食べることにそんなに興味がなかったのが幸いした。もちろんおいしいものを食べるのは好きであるが・・・
 朝食は自然農法で栽培したニンジン3本、レモン1個、小さな甘藷1個をスロージューサーで絞ったジュース。レモンの搾りかすもジュースと一緒に食べる。昼は朝の搾りかすを玄米、麦、大豆を炊いたものに混ぜて肉かオーガニック卵1個を落としたチャーハン。夜も昼とだいたい同じか、オーガニックの小麦粉で作ったうどんかお好み焼き。食事の合間にオーガニックコーヒー4杯、バナナ2,3本。これが、この頃の僕の食事である。自分でこうやって書いていても修行僧の食事とまではいかないまでも、それに少し近いな、と思う。まあ、しかし、こんな時期だから仕方がない。さらに、最近は風邪をひきそうな感じがあったら、すぐにプロポリスか無農薬はちみつを舐めるようにしている。
 そんなわけで、増え始めていた体重はまた減り始めた。最近体重計に乗っていないが、今、53キロほどでないだろうか? 毎日1時間ちかく散歩し、節制した食事を摂り、健康的な生活を送っているつもりであるが、髪が生えてくるどころか、抜ける一方である。やはり、ストレスが溜まっているのか? 上質の睡眠が取れていないせいだろうか? 遺伝か? はっきりしない。季節的になことも考えられる。
 別に食事や健康に特別気を付けているつもりは自分にはない。自分としては普通に生活しているつもりである。幼いころから母に自然農法で作った野菜などを食べさせられて育ったせいでインスタント食品などは、できたら食べたくないだけなのだ。久しぶりにあった日本の友人から見ると、僕の生活が、かなり健康に気をつけているように見えるようで「健康に気を付けている人ほど癌にかかって早死にしたりするんだよね」と言われた。別に長生きしたい気はさらさらないし、むしろ、さっさと逝きたい、と思っているのでこのまま逝っても問題ない。
 自然食品、オーガニック食品をできるだけ食べるのは、僕の単なる趣味なのである。 

マスク、雨合羽、手袋・・完全防備の中国人?

5・18 寒い!

 寒い! 
 朝6時になっても夜が明けてくる様子がないので、窓の外を見ると真っ白。
 寒いわけだ。「霧の町、サンパウロ」と言われるほど、サンパウロは霧が多いことで有名で、歌にもなったほどであるが、僕はさほど霧が多いイメージはもっていない。この頃は温暖化で少なくなっているような気がする。
 携帯のサンパウロの温度を見ると今日の気温は14度。普段は寒くても17度前後であることを考えると結構寒い。路上生活者の中には凍死する人もでているのではないだろうか? 普段から栄養状態が悪いうえに武漢肺炎が蔓延している今の状態では、この寒さはかなり厳しい。
 昨日、弱弱しい声でお金を恵んでくれ、と乞われたことを思い出した。通り過ぎた後、せめて優しく「悪いけど、持っていないよ」といったほうがよかった気がする。何も言わないで、そのまま通り過ぎたことを少し後悔する。僕は、犬の散歩中は一切お金をもって歩かない。その他の時でも、タイミングあった時やよっぽどあげようと思うような人でないとあげない。
 トンセンボウをし、脅すような男がときどきいるが、持っての他で絶対あげない。自分は寝そべったままで、呼びつけてお金をくれという人もいる。これも絶対あげない。しつこく、食い下がってくる男もいる。持っている荷物を気を付けながら無視する。女性の中には怖くなってお金を出す人間もいるかもしれない。
 知り合いの女性がストリートチルドレンにお金をせがまれ、あげようとバッグから財布を出したところ、財布ごと盗まれた、というはなしを聞いた。こんなことは滅多にないのだろうが、よっぽど注意しないと、せっかく良い行いをしようとしたのに、嫌な思いをさせられることがある。それ以来、彼女は絶対お金はあげないようにしているという。
 友人からお金は上げない方が良い、と忠告された。ストリートチルドレンにしろ、路上生活者にしろ、もらったお金で麻薬を買うケースが多く、お金をあげることはむしろ社会悪だ、というのだ。どうしても、あげたいなら、食べ物を買ってあげるべきだ、という。確かにそのとおりである。結局、今では滅多にお金をあげることはなくなった。
 武漢肺炎蔓延でお金を乞う人が増えてきた。僕自身も大変だ。こんなときだからこそお互いに助け合う必要があると思う。しかし、あげるなら、やはり、お金でなく食べ物のほうが良いと思う。


5・16 市場にもどってきたマスク 

  今朝はぐっと冷え込み、朝7時、セントロ付近で17度であった。おそらく、もっと早朝は15度を切っていたのではないだろうか? 最近の冷え込みでますます武漢肺炎の感染者は増加しそうな感じである。金曜日の段階で死者13000人を超え、フランスを追い抜いた。近隣諸国はブラジルの武漢肺炎の死者の多さに驚き、次々と国境を封鎖している。このままいくと、米国に次ぐ武漢肺炎蔓延の国になりそうだ。
 そんな状態がTVでおそらく(家にTVがないのでわからない)毎日のように流れているのであろう。マスクの装着率が90%以上になった。路上生活者でも多くの人が装着している。
 ここぞとばかり、自家製布マスクが路上販売されている。普段は路上販売などしたこともないようなおばさんが売っていたりする。おそらくミシンで自分で作って売っているのだろう。中には、箒の棒に何枚もマスクをぶら下げて「マスカラ、マスカラ(マスク)と言いながら売りまわっているおじさんもいる。1枚5レアル~10レアル(100円~200円ほど)。結構高い。なので僕は靴下を使った自家製マスクをつけている。日本製の新しい靴下なので少々もったいないが。
 薬局などから消えていた、マスクやアルコールジェルも見られるようになってきた。やっと市場にも出回ってきたようだ。はっきり覚えていないが、カーニバル前からマスクやジェルなどが消えていたような気がする。中国人が、世界各地でマスクやジェルなどを買い占めていた、という噂があるが、サンパウロでもマスクやジェルが中国人によって買い占められていたのかもしれない。そうでないと、いくら何でも、消えた時期が早すぎる。

冷え込む日が続く


5・16 朝の楽しみ

 ブラジルでキノコ栽培をしたいとずっと思っていた。日本ではキノコの栽培農家でなくても、菌を植え付けたキットを簡単に手に入れらるが、ここはブラジル、なかなか簡単にはいかない。
 2000年あたりから、サンパウロやリオなどの大都市を中心にキノコブームが起こった。シメジや椎茸がレストランで使われはじめ、ブラジル人も、マッシュルーム以外のきのこのおいしさを知るようになったのだ。最初はリベルダーデでのみ売られていたシメジが、普通のスーパーでも見られるようになり、フェイラ(青空市)でも売られるのを見られるほどになった。
 きのこを生産する農家が増え、値段もどんどん下がってきた。一番安いシメジ・ブランコと呼ばれる白っぽいシメジ(シメジではなくてヒラタケの仲間という話もあるが、ネットで調べたが僕にはよくわからなかった。シメジほど香りはないが、歯ごたえがある。今ではシメジ・ブランコにすっかりなれてしまった)、は寒い日が続いた後、急に温かくなると大量に出て来るようで200グラム入りの1パックが50円ほどでリベルダージで売られる。きのこ大好き人間の僕は、こういうときに、1キロ入りの袋で購入する。冷凍庫に小分けにして保存し、あらゆる料理に入れて食べる。
 幸運なことに本シメジの菌床を分けてもらった。とにかく嬉しかった。熱望していたシメジの菌床! 起きると菌床を見に行くのが朝の楽しみになった。
 頂いた、ビニール袋に入った菌床の上部ビニールを開けて霧吹きで乾かないよう水を撒いた。一応、破る前に、日本の菌床キットのサイトを見て確かめると、開けて水を含ますようなことを書いてあったので、てっきり開けるものと思ったのだ。しかし、実際は開ける必要はなく、そのまま何もしないで、日の当たらない場所に置いておくだけでよかったのである。無知とは恐ろしい!
 それでもシメジは5日後に生えてきた。おそらく菌床がかわかないように霧吹きでこまめに水を与えていたことが幸いしたのだろう。小さな灰色のカビのようなものが生えたと思ったら、ぐんぐん大きくなった。しかし、ここ2,3日、冷え込みで、生育も発芽もしなくなった。ちょっと心配であるが、おそらく冷え込みのせいだと思う。
 熱帯魚を買っていたころ、魚たちが無事であるか見るのが朝おきての日課であった。大きなものは2m近くの水槽で、その他大小4,5本に結構の数の魚を飼っていた。毎朝、起きるのが楽しみは、それ以来である。
 ちなみに、アマゾン原産の魚もアジアで養殖されたものしか購入できなくなり、飼育は魚が高いうえに面白みもなくなった。電気代も半端でないので止めてしまった。

 


5・14 ハゲからの帰還、を目指して

 今朝は久しぶりに曇り時々雨の空模様。気温も下がっておそらく20度以下だろう。
柴犬リンの毛はますますモフモフになってきた。触り心地も、まるでベルベットのようにいい。これなら歯なしのジジババ犬にかまれても屁でもないわけである。
 一方、僕の髪の毛はますます薄くなってきた。このままいけばつるっぱげもまじかである。父方も、母方もハゲが多いことを考えると、遺伝的ににいうと確実にハゲになる。遺伝は関係ないという人もいるが、少なからず、いや、確実にぼくはある、と思っている。 
 生存中の、母方の祖父にはあったことはないが、満州移民で亡くなった祖父はつるつるだったらしい。やはり、僕もつるつるになるのか? ちょうど、僕の髪の抜け方を見ると、母の弟、叔父のように超うすうすである。僕は、顔も亡くなった母親によく似ていると言われるし、母方の血が濃いようだから、おそらくつるハゲになるだろう。
 メニエル病になって以来、食も運動もかなり気を付けているが、髪の毛は抜けていく一方であるから、やはり、遺伝の影響が大きい? ように思える。ただ、メニエル病になり、止まっていた抜け毛がまた始まったような気がする。
 ええい、面倒くさい! 剃ろう!!、と一度は決心したが、日本の妹に、剃ると人相が変わるよ、と言われたこと、そして剃ると、意外に手入れが面倒くさいこと、ちゃんと手入れをしないと余計ハゲが目立つ、と言われたこと、があり止めた。
 先日、パスポートの更新で必要な写真を自分で撮ったが、あまりの薄さに、いや、ここまでいくと、日本ではハゲというのだろう。自分で恐れおののいた。
 毎日、髪を洗うのはあまりよくない、と聞き2日に一度にした。アロエが髪に良いと聞き、4日に一度洗う前につけている。コーヒー殻が良いことを読んでやはり4日に一度洗う時に使っている。こんなに苦労しているのに抜けるのだから、おそらく遺伝の影響か? 良質の睡眠が取れていないのだろう? ちなみに、眠りは浅く一晩に1,2度起きる。
 ネットでハゲ・サイトを見ていると、「ハゲは病気である」と書いてあった。確かにその通りだと思う。ハゲてしまいジジ臭くなると、出不精になり、人に会うのも嫌になる。
 よくハゲていることは教えてやらなければならない! という人もいるが多くのハゲはそんなこととっくにわかっている。わざわざそんなことをいうのは傷口に塩をすりこむようなものである。自分がハゲていないからハゲの気持ちはわからないのであろう。
 ここで諦めればそのままズルリ状態になるだろう。諦めず、髪を元のようなフサフサ状態を夢みて、ダメ元でもう一度がんばりたい。その様子をブログに書いていきたいと思っている。名付けて「ハゲからの帰還」、もっとも帰還できない可能性は大きいが・・・


5・14東の空が燃える

このごろ東の空が燃え上がる。
 と書いて、ここは南半球、もしかしたら反対なのでは? と思いネットで調べてみた。同じ南半球にあるニュージーランドの場合、太陽は東から昇って、北を経由して、西に沈む、そうな。おそらくサンパウロも同じであるから、やはり東から日は昇り、西に沈む 。
一時期、まっかな夕焼けが毎日のように続いたが、今度は、朝焼けである。だいたい6時前あたりが凄い
 よく覚えていないが、毎年この時期の朝・夕焼けは色づいただろうか? よく大気が汚れていると、よく色づくと言われるが、武漢肺炎のおかげでこの頃のサンパウロの空は澄み渡っている。色づくのは時期的ものであろう。毎年、色づいていたのであろうが、僕が気が付かなかっただけだろう。


5・12ふてぶてしくなった?
 今日は朝からいろんなことがあった。
 ちょうど、アパートの建物の事務所に行ったので、シンジコ(建物全体のアパート責任者、うちの建物はアパートの住人から選ばれる、あるいは、自分が立候補する)に給料が高すぎるから減らすべきだ。と文句をつけた。今、武漢肺炎の猛威の中で、のうのうと1万レアル(ほぼ22万円)近いお金を取り、これと言って働くこともなく、もらい続けていることに以前から頭に来ていた。サンパウロでは銀行の支配人で6,7千レアルの給料であることを考えると高級取である。手を挙げて自ら立候補するだけでこの時期にも、こんな高級を取るなんて!! ふうふういいながらやっとアパートの管理費を毎月払っている僕には許せない。ましてや、彼は非常に失礼な言い方をしたり、暴言を吐き、多くの住人に嫌われている。僕のアパートにも難癖をつけて、日本旅行中の僕のいない間に勝手にアパートにはいろうとしたり、隣人のクレームを良く確かめもせずそのまま鵜呑みにして僕に言ってきたり、60歳以上のインフルエンザ注射の要請をかなりしつこくしてきたりした。そんなに年を取っていないと言っているのにもにもかかわらず、何度も言う。かなり腹に据えかねていた。
 はっきり言って、あんたは給料が高すぎるか減らすべきだ、と突然言われても困るだろうし、失礼でもある。しかし、この男には失礼だとか、そんなことは考えないことにしている。この男もよく確かめもせず言いたい放題いってくるし、エレベーターに乗ってきても挨拶もしない。相手が何も言わなかいから、もちろん僕も何も言わないで無視する。僕が後から乗り込むときは、一応、礼儀として挨拶はするが・・・。だいたい、威張っているところが気に食わない。別の階のアパートの住人が「あの男はめちゃくちゃ失礼だ・・・・」とエレベーターに乗り合わせた際に漏らしたことがある。その時はへ~、と言ったくらいで何も聞かなかったが、よく話をきいておけばよかった。
 もっとも、シンジコをやれるような人間は嫌な奴で、皆に嫌われるくらいじゃないとやれないらしいが・・・・
 ちなみに、給料が高すぎるから減らすべきだ、と文句をつけた答えは、「この変一帯のシンジコの給料はシンジコ組合で決まっていて減らすことはできないのだ」という日本の議員と同じ論法である。減らす気は全くないらしい。前のシンジコはもっと取っていたとか、そんな話をしはじめた。ブラジルでは、誰に言わせても、シンジコとは嫌がらせを受けないためにも、仲良くしていた方がいい、と言われる。それはわかるのだが、一度カッとして話し始めると止まらない。僕の悪い癖である。冷静に慎重になって話すべきなのに・・・、こんな性分だから仕方がないとしか言いようがない。事務所を去る時には、この男は明らかに嫌そうな顔をしていたし、振り向きもしなかった。
 そのまま犬の散歩に出かけると、スリに遭遇した。後ろから突然ズボンのポケットに手を突っ込んできたのだ。ポケットには鍵の束しか入っていなかった。後ろを振り向くと男が捨てられた鍵束を渡してきて、この角を男は逃げていったという。実は、鍵を渡してきた男が盗んだものと思い、おもいっきり持っていた新聞紙の入ったビニール袋で顔をはたいた。勘違いするほど鍵をわたしてきたタイミングがよかったのだ。僕は逃げて行った男の顔は一切見ていないし、この男が鍵を盗んだとすっかり思い込んでいた。渡してくれた男は「あっちいけ!」と言ってきたので「お前こそあっち行け!!」と言い返した。この辺までこの男が盗んだモノとばかり思っていた。
 よくよく考えると、もしかしたら誤って顔をはたいて悪いことをしたのかもしれない、とおもった。が、が、さらにさらに考えると、顔をはたいた男はそれほど怒ることもなく、行ってしまった。おそらく、この男は、鍵を盗んだ男とグルだったのではないか? そんな気がしてきた。多分、グルだったのだ。盗んだ男は、すぐ後ろにいた男に鍵をわたそうとしたが、男はそれを受け取りそこねたのだ。財布ではなく鍵束だし、その男は僕に返してきたのではないだろうか? その可能性が一番高いような気がする。しかし、連れていた犬が一切気が付かなかったのは腹立たしい! もうすこし神経を張って散歩しろよ! と言いたい。もっとも、それは自分にも言えることではあるが。
 意外に、自分の気持ちに、この出来事は後遺症となってのこっていなかった。もしかしたら、少しふてぶてしくなったのか? これからますます治安は悪化していくだろう。気を付けなくては!

先週よりさらに
ガラガラ。路上生活者が増えた

メルカードも活気ゼロ。完全防備の中国人?

5・11 武漢肺炎が防ぐ

 天気は爽快だが、武漢肺炎が町に暗い影を落とす。
 やはり、外出禁止令、商業施設営業禁止令は31日まで延長となった。これに抗議するデモなどが起こることを心配してか? 今日の散歩時間10時前後には、セントロ付近のあちこちで騎馬警官や巡回するパトカーが見られた。今日から車の乗り入れ制限もはじまり、車の数も少ない。
 ネットニュースを見ると、死者が1万1千人を超えた。経済はすっかり冷え込み、投資はここ25年で最悪のー8.9%となった。中国はブラジルの武漢肺炎に恐れをなし12隻の貨物船をキャンセルしたらしい。これでブラジルでの農作物の買い占めも、武漢肺炎のおかげで少し止むだろう。マスクや防疫服などの医療品のように、世界中で中国の食糧買い占めがすでに始まっていると思う。それだけにブラジルでの買い占めを心配していた。まだ、ちょっと安心ではあるが。
 とにかく中国のやり方はえげつない。数年前、宝石原石店を中国人が買おうとしたらしい。原石だけでなく、原石と店をひっくるめてすべて。店のオーナーは売るのをやめたらしい。一時期、リベルダージ地区の土地や店も買い漁られ、多くの家と土地が売られた。リベルダージの日本人の砦のひとつである日系パレセホテルもあやうく中国人の手にわたるところだった。日本人がなんとか買いささえ、難を逃れた。もし、中国人に売られていたら、リベルダージは今頃中国人街になっていたかもしれない。今でも、着実に中国系の商店が増えつづけている。去年だったか、中国のリベルダージ侵略に食い止めるためか? 地下鉄名が、ジャポン・リベルダージに変更した。
 昔は、リベルダージを歩くと、日本語が日常的に聞こえてきたものであるが、今や聞こえてくるのは中国語である。そのうち中国系の朱色の店だらけにになるのではないだろうか?? 
 別に中国人が、サンパウロに中国人街を造るのはまったく問題ない。しかし、侵略するように日本人街を中国人街にするのはやめてほしい。どうせなら、中国人が多い問屋街、25デマルソあたりを中国人街にすればよい。

人通りもまばらな、武漢肺炎下のリベルダージ


5・10 サンパウロの商業施設開業禁止令は延長??

 日曜日には、住んでいるアパートのすぐそばでフェイラ(青空市)が立つ。5時半ころからテントを立てはじめ、6時ころから売り始める。今日は、売っている人々に気合が入っており、22階のアパートからでも 、売り子の、客の呼び込みが聞こえる。隙間があったテントも、びっしりたてられ、武漢肺炎以前の状態にまで戻った。
 武漢肺炎が蔓延し、野菜や果物を売るのを控えていたのか? 運送システムが混乱していたのか? 出店するテントは、しばらく少なかった。しかし、3月の中旬あたりから始まった自粛に、テントの出展者はついに耐えられなくなったのであろう。フェイラやスーパーマーケットの食料品販売の自粛は、州政府にも禁止されていなかったのであるが・・・
 サンパウロ州政府は、まだ発表していないようであるが11日までの、営業施設の禁止令を、31日まで伸ばしそうな、感じである。しかし、3週間以上も、店を開けずにいた営業主は、この日を心待ちにしていたはずである。もし、11日が31日まで延びれば、その発表時にはパネラッソ(鍋叩き)の音が町中に響き渡るであろう。今日のフェイラを見ても解るが、お金が入らない人々は、もう限界間際である。おそらく、このままいけばデモが巻き起こりそうな感じがする。よく日本で、延長になってもデモが起きないものだと思う。民度が高いから? 大人しい国民だから? 武漢肺炎にかかるのも怖いが、金がなくて追い込まれるとそれ以上に辛いと思うが! 
 政治家や公務員などは全くお金の心配も必要ない。警官などは、のんびり見回りをしながら、笑いながらおしゃべりに花を咲かしている。うちのアパートのシンジコ(管理責任者)は普段威張っているうえに高給取り、今日は持てないくらいフェイラで買い物をしていた。こちらはアパートの管理費をどうやって工面するか困っている状態なのに! こういう姿を見ると腹立たしい。マットグロッソ州の方では検事などに、コロナ・ボーナスをだしたそうである。
 結局、困り、飢えるのは貧乏人だし、バタバタ死んでいくのも貧乏人だ。金持ちはたとえ感染しても、しっかり設備が行き届いた私立病院の快適な病室で治癒するの待つだけである。
 なので、僕のような金のない人間は免疫を高め、かからないようにするしかない。自分の身は自分で守るしかないのである。

9時半でこの人出。一番人出が多いのは12時~1時半

一杯に張られたテント

5・9 ニーハオとこんにちは

今日は犬の散歩で久しぶりにリベルダーデ(東洋人街)・ルートを行くことにする。
 とにかく車が少ない。そして人も。まるで、正月1日のようである。まったりとした雰囲気が漂う。そして変な違和感。天気は雲がほとんどないテカテカ日和。昨日、ブラジルは1日あたりの武漢肺炎による死亡者615人、世界第2位に相当する死者数を記録した。まさに武漢肺炎が猛威をふるっている状態である。サンパウロではこの死者数の発表に恐れをなした人々が外出を控えているのであろう。
 しかし、ネットニュースによると、ノルデステ(東北伯)のマラニョン州の州都サンルイスではロックダウンが行われているにもかかわらず、フェイラ(青空市)は多くの買い物客で賑わっていたらしい。外出を自粛する人はロックダウンをはじめて、最高約57%だったという。地方の人はまだまだ、武漢肺炎の恐ろしさは他人事のようなものかもしれない。サンパウロやマナウスのように棺桶が足りないほど死者がでると人々もその恐ろしさを感じるのではないだろうか。もしかしたら、ロックダウンが行われていることさえも知らない人もいたかもしれない・・・。これはあくまでもネットのニュースなのでどこまで事実なのかはわからない。多分、信用できるとは思うが・・・。日本もブラジルもマスコミの情報は完全には信用できない。 
 リベルダーデの入り口にある、最近できた中国人経営の食料品店にタクシーをのりつけ、何袋もの食料品を大量に買い積み込む中国女性が2人。妙に苦々しくその様子を見てしまう。中国国民には、武漢肺炎が世界に拡散されたことには責任はないのに・・・。悪いのは、習近平、中国共産党である。反省。
 メールで、大学の助教授をしている友人に、中国人を差別するのではなく、お互いに利用し、利用されながらうまく関係を築きながらやっていかなければならないね、と諭され、まさにその通りだと思ったばかりなのに! どうも、マスコミ等に踊らされ? 中国人、韓国人憎し、と思ってしまう。悪い癖である。ただ、知らなかったとはいえ、中国国民が世界中にウイルスを運び、撒き散らかしたことは事実だと思う。
 3月の中旬に、メルカード・ムニンシパル(市営メルカード)に買い物に行くと、マスクをしている東洋人は確実に中国人だった。拡散した同胞たちからのウイルスに感染しないように自分たちはしっかりマスクをし、防御しているのには、少し腹立たしささえ覚えたものである。
 ブラジル人に「ニーハオ」と言われるとむっかっ腹が立つし、ぎゃくに「こんにちは」「さようなら」と言われるとうれしくなる。思わず、路上生活者などに「こんにちは」と呼び掛けられると、(よく見わけがついた! あんたは、えらい!!)という気持ちになり、お金をあげたくなる。店員だとモノを買いたくなる。逆に「ニーハオ」などと言われようものなら、(中国人と日本人の見わけもつかないのか! それなら、何もいうな!!)と無視して通り過ぎる。最近は中国人と日本人の見分け方は難しくなってきて、自分でさえも間違ってしまうことはしばしばなのに、そう思ってしまう。悪い癖である。

ただ、今後、中国人差別は世界中で増えるであろう。当然、多くの人は、日本人と中国人の見分けは付かないから、日本人も同様に差別を受けるだろう。
 

 

 

リベルダーデ大通から見る。普段は車で一杯だった道路もガラガラ

メルカード


5・8柴犬リン

 この頃、やっと柴犬リンが大人しくなってきた。4月ごろに発情期を迎え困っていたがそれも、どうやら治まったようだ。

 彼女も1歳になり、少しは大人になった。以前のような反抗的な目つきで見る事も無くなった。むしろ僕に甘えるようになってきた。これが普通の犬だと思うが、この犬は違った。小さい時から独立心が強く、ダックスフンドのジジババ犬はいじめの対象でしか見ていなかったし、僕にあからさまには反抗することはなかったが、あきらかに不満げな顔や、態度を示した。

ユーチューブで見て、これは柴犬のひとつの特性だということを知った。中には大人しい犬ばかりを掛け合わせて作った大人しい柴犬もいるらしいが、もともとの猟犬としての血が色濃く残っている犬も多くいるらしい。

毎日、ドッグフードでなく、コメを炊いて、野菜肉を刻んで入れ餌を作ってやり、散歩に連れていくうちに僕に対する信頼感が生まれたようだ。どんな野良犬が襲ってきたときも庇ってやったし、(本当は彼女が飼い主を守るべきだと思うが)、路上生活者が襲ってきても僕が守ってやった。そうするうちに僕のいうことをよくきくようになった。ここまでくるには苦労した。

ほんとうは、仔犬を産まして売るつもりで血統書付きの純血種を買った。まだ、ブラジルには柴犬は少なく人気の犬種なのだが、僕には犬の生産工場のようなことはできないことがわかり、諦めた。約20万円という大枚をはたいたのに! 実はかなり、この商売に賭けていたのだ。僕には商売が無理なことがよ~くわかった。

それでも仔犬は産ましてやりたい。仔犬が生まれたら、今までお世話になった人にさしあげるつもりでいた。もちろんもらってくれたならではあるが・・・・。今年、雄犬を買うか、種付けをさしてもらうつもりでいたのだが、武漢肺炎騒ぎで仔犬を買うお金もなくなってしまった。頼りの、知人のオス犬は去勢をしてしまっていた。そうこうしているうちに、発情期を終えたようだ。

ジジ犬ニンジャと柴犬リン。ニンジャは何度も死ぬような傷をおわされている。一方リンは、ニンジャにはほとんど歯がないことをしていてまったく怖がらない。


5・6 武漢肺炎の、ボクの切り札?

 先日、水に浸けていたウルクンの種が発根しているとばかり思っていたのに、土植えをする際よ~く見ると発根していなかった。最近、暗がりでユーチュウブを見るせいかすっかり目が悪くなった感じがする。
 今朝、改めて見直すと確かに発根がみられた。さすが野生の木である。野生といっても街路樹であるが・・・。さっそく、発根した種だけ選び植える。武漢肺炎で仕事がないときだけに、本当は食べられる野菜がいいのだが・・・。贅沢も言えない
 ニンジンやナス、ネギの種を植えてからそろそろ5日がたつ。ぽつりぽつりといろんな芽がが出始めた。種つけしたときにちゃんと書いておかなかったから、どの種かわからない。ダイソウ・ウセントロ店が開いたら札を買いにいこうと思っているがいつ開くかわからない。
 見当がつく範囲でいうと、一番勢いがあるのはニンニク、ついで麦・・・。ニンジンやネギもでているようであるが、どれがどれやらわからない。日本から種を買ってきた、一番期待のほうれんそうも1個だけ芽が出ていた。食べられるようになるまではどれも2,3か月はかかるだろう。なんとか早く大きく育ってもらって家計を助けてもらいたいが、それはなかなか難しい話だろう。
 バナナを水に浸けて3,4日おくと発酵する。これとコーヒー粕を混ぜて堆肥を作っている。これも完熟するまでに2,3か月かかるそうだ。野菜も堆肥も買わなくても大丈夫なくらいにできることを願っているが、どれも早くて2,3か月からそれ以上かかる。種は今やっと芽吹いたものばかりだから、これから枯れずに育つかどうかもわからない。サンパウロの温暖さがうまく作用して早く、食べれるように育ってほしい!
 そして、今、考えているのが、シメジなどの菌類と干し大根である。干し大根は干すだけだから楽勝だが、シメジはうまくいくか?である。YouTubeの画像ではマッシュルームを作っていた。同じ菌類だからおなじようにすればできると思うのだが・・・、どうだろう? なんとかして武漢肺炎を切り抜けたい。

すくすくと育っているにんにく、でもたとえうまく大ききくなっても、食べられるようになるまでは最低でも4,5か月はかかるだろう。


5・5 冬の到来

冬がきた。

昨日、今日と、朝寒くて目が覚めてしまった。おそらく16、17度くらいではなかろうか? もう、冬と言ってもいいだろう。 寒くなくなったために、持病のメニエル病(日本人は皆知っているモノと思っていたら、結構知らない人が多くてびっくり。3半規管の病気。ひどくなると平衡感覚がおかしくなり眩暈がして立っていられなくなる。ネットで調べると日本のサイトには不治の病とあった。)が発症しそうな感じである。軽い眩暈がときおりおこり、視覚がおかしい。寒くなり血圧が上がっているのだろう。そのため、三半規管になんらかの影響がでているのじゃないかと勝手に考えている。ほんとうは、メルカードで安いイワシと卵を買って来たかったが、もし途中で倒れでもしたら、病院に担ぎ込まれる可能性がある。今、担ぎ込まれでもしたら、院内感染で武漢肺炎にかかる可能性が大である。家でおとなしくしていることにする。

 そういえば、うちの建物でも武漢肺炎感染者がでたらしい。マスクの着用を義務付ける内容に張り紙がエレベータにしてあった。ついにまじかまで迫ってきた感じである。感染すると、人によっては結構苦しむ人もいるらしいので、なんとか感染は防ぎたい。しかし、今日の段階で登録された死者が7300人越え。サンパウロでは猛威を振るっている。個人的な意見としては、完全終息は数年の内には無理のような気がする。マラリアやヘルペスのように身体の奥深くに普段は潜んでいて免疫性が落ちるとでてくるような病気になるように思う。なので、ボルソナーロがいうように、「ちょっとした風邪」と思うしかないようなきがする。

 

studio crystal