その後のレナウドおじさん

DSC_4887 ガルボン・ブエノ通りに入るとアコーディオンの音が聞こえてきた。もしかしたら、レナウドおじさんがいるのかもしれない。そう思いながらいつもおじさんがいる場所に向かった。

 アコーディオンの音が心なしかちがうような気がする。妙に軽いのだ。おじさんとは違う別の人間が引いているのかもしれない。もっとも普段音楽をまったく聞かない音の無い生活をしている僕の耳が当てになるわけもなく、到底そんな微妙な音を聞き分けられるとは思っていない。しかし、確かに軽く聞こえる。髪の毛を切り、すっきりした感じのおじさんを見た時にはうれしいような、残念のような複雑な気持ちになった。というのは、レナウドおじさんがテレビ出演を果たした後、4,5日みていなかったので、てっきりCDの録音をしているのか、あるいは、どこかで演奏をする仕事を得たと思っていたからだ。

「テレビ見たよ。おめでとう!」

「ありがとう。いろんな人に言われるけど、自分ではまだ番組はみてないんだ」

 ふと、アコーディオンを見ると、普段使っていたモノと違う白い真新しいモノに変わっていた。テレビ局がおじさんにプレゼントしていたことを思い出した。

「アコーディオンが変わったんだね?」と聞くと、

「テレビ局が中国製の新しいのをプレゼントしてくれたんだ。いいよ! 14000レアル(約56万円)もするいいものだよ」とちょっと誇らしげに、アコーディオンを軽く叩いた。それにしても50万円のプレゼントとは・・・。テレビ局のバックは、新教宗教だから金を持っているのだ。去年は南米1と言われる巨大な教会を完成させているし、政府よりのTV局らしいから、資金が潤沢なのだ。

「へー。良かったね~。古いのはどうしたの? 僕はあの深みのある音が好きだったんだけど・・・」

おじさんの顔が少し暗くなり、声のトーンが落ちた。

「あれは、売っちゃったんだ。ホテル代がたまってて、400レアルでね。そっくりそのお金はホテルのオーナーに渡したよ」

「テレビに出たし、頼めばもう少し待ってくれたんじゃない?」

「いや、そんなに甘くないよ。お金を払わなかったら、追い出されていたよ」

てっきりテレビ出演をきっかけにして、どんどん仕事が舞い込み、CD録音もできるようになると思っていたが、現実はそう甘くなかったのである。

「あのアコーディオンを売る時は本当に悲しかった。思わず涙が出たよ!」そのときのことを思い出したのか、おじさんの声が詰まった。もうボロボロのアコーディオンで、蛇腹の部分はガムテープで補強がされているような代物ではあったが、一番つらい時代に一緒だっただけに、いろいろな想いが詰まっていたのだろう。僕は、おじさんの思いを吐き出していたような、あのアコーディオンの深みのある音色が好きだった。

 

「どうして息子と一緒にすまないの?」 今までずっと疑問に思っていたが聞きづらくて聞けなかったことを思い切って聞いてみた。

「息子の家は狭くてね。俺が居る所がないんだよ。・・・・それに、別れた妻が一緒にいるからね・・・。番組でも言ったけど・・・・」

「番組?? 」僕が覚えている限りでは、おじさんが酒と麻薬に溺れ、妻は愛想を子供を連れて出て行った、といような話だった。

「妻は俺を裏切って浮気したんだ! もう顔もみたくないよ」怒りの火がチロチロとおじさんの目の中に見えた。

「えっ? そんなことは言ってなかったと思うよ。もしかしたらカットされたのかもしれないね。気持ちはよくわかるけど、そんな恨みつらみはテレビに出なくてよかったと思うよ。もう忘れて、水に流した方がいいよ」

 僕自身、嫌なことをされたり、言われたりすると、決してそのことをを忘れない性格なだけにおじさんの気持ちは痛いほどよく判った。最後の言葉は自分に言っているようなものだった。

「確かにそうだね・・・。そういえば、あんたにもらった写真で作った50枚のCDが全部うれたよ。中には2枚かってくれる人もいてね。焼き回しするつもりだから、1枚とって置くから」おじさんの顔はまたいつものようにニコニコ顔に戻り、ゆったりと歌い始めた

 

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